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書き下ろしSS『栞菜アフターアフター 同棲1日目』

みなさまこんにちは!
シナリオの白矢たつきです!

『月の彼方で逢いましょう SweetSummerRainbow』発売からおよそ1ヶ月。
クリアされたユーザー様も多いのではないでしょうか。
イチャイチャあり、感動ありの、雨音ちゃんづくしのスピンオフ!
ご満足いただけたのなら、これ以上、作家冥利に尽きることはありません。

さて、『月の彼方で逢いましょう』では、
私は雨音ちゃんの他に、もう1人ヒロインを担当しておりました。

恋愛未経験の少女漫画家『岬栞菜』先生です!
そんな岬先生が、なんと7月1日に誕生日を迎えました!
HAPPY BIRTHDAY!!
皆さまも、tone work's公式ツイッターの誕生日ツイートでお祝いしてくれたことだと思います。

担当ライターとして、そのお礼になにかできないかと思い、
書きました!SS!

皆さまが知りたかった…かもしれない、栞菜ルートエンディングからエピローグへ続く本編では語られなかった物語。
その記念すべき、同棲初日のお話です。

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■栞菜アフターアフター 同棲1日目■

栞菜と一緒に東京に戻ってきたのは、正午を少し回ろうかという時間だった。これなら、一度家に戻って出社しても、午後の仕事に間に合うだろう。
そんなことを考えている内に、俺の住むアパートの前までたどり着く。
「どうぞ、入って」
玄関扉のレバーハンドルを下げて、栞菜を招き入れる。けれど、立ち止まったまま入ろうとしない。その瞳は、キラキラと輝き、頬は薄い紅を引いたように色づいていた。
ファイル 520-1.png
「…栞菜?」
「こ、ここが、黒野さんの部屋…!」
「前に、取材で来たことあるだろ?」
「そ、そうですけど! そうなんですけど! 今日から私もここに、住んでいいんですよね!? しかもずっと!」
「うん、もちろん。…っていうか、また呼び方が戻ってるぞ。敬語だし」
「あ、そうだった」
思い出したように呟いて、こちらへ視線を向ける。耳まで紅潮していた。もう真っ赤っかだ。
「か、奏汰――…っっっ!」
玄関脇に屈み込んで、両手で顔を覆って隠してしまう。
「どうしたんだ?」
「こ、これ、やっぱり恥ずかしい…! 恥ずかしたぎるっ…!」
「恥ずかしたぎ…?」
…どういう心情?
そう思ったものの、なんとなくニュアンスは理解できる。だって、俺も全く同じだったから。
「とりあえず入って」
「う、うん…お邪魔するね」
「お邪魔する、じゃないだろ? 今日からここは、栞菜の家でもあるんだ」
「あ…え、えと、えっと…」
俺と、玄関を見比べて、少し迷って、コクンとひとつ頷いて、
「ただいま」
柔らかな微笑みと共に、一歩、中へと踏み出した。

部屋の中に身体をねじ込むなり、肩にかけていたバッグを投げ出すように床に置く。数日分の重みから、ようやく解放された。かといって、ゆっくりもしていられない。
「栞菜。俺、今から、会社に行かないといけないんだ」
「あ、そういえば、今日は半休って…。もう行くの?」
「うん。定時に会社出て、すぐに帰ってくるよ。これからの細かい話は、そのときにしよう」
「わかった」
「適当にくつろいでくれてていいから。じゃあ、行ってくる」
「あ、うん。え、えと…い、いってらっしゃい」
「うん、いってきます」
こういう挨拶を誰かと交わしたのはいつぶりだろう。どこか懐かしくて、そして新鮮だった。旅疲れだったはずの身体は、自然と活力に満ちていた。

定時きっかりに仕事を終えて、電車に飛び乗る。車窓を流れる初冬の空は、この時間でもすっかり群青色に染まっていた。最寄り駅の改札を抜けると、アパートに近づくにつれて、次第に早足になっていく。「あと何歩で会えるんだろう?」なんて考えながら、愛しい人の顔を思い浮かべて。
玄関の鍵を開けて、電気のスイッチに手を伸ばしたのと、部屋の明かりがついているのに気づいたのは、ほぼ同時だった。長年の生活で染みついた習慣は、一朝一夕では抜けないみたいだ。
幸せを噛みしめながら靴を脱いでいると、奥からパタパタとフローリングの上を踊るような足音が近づいてきた。玄関が開く音で、俺が帰ってきたことに気づいたんだろう。
ファイル 520-2.png
「おかえり」
「ただいま」
栞菜と、本日二度目の挨拶を交わす。うん。やっぱり、挨拶っていいものだ。
栞菜は、流れるような仕草で、俺の手から仕事用の鞄を引き取ってくれる。こういうところは、さすが旅館の娘なのかもしれない。
「ありがとう」
ひと言お礼をいうと、栞菜はそれに笑顔で頷いてくれる。栞菜に先導されるようにして、奥へと進んでいった。
スーツを脱いでハンガーに掛け、ネクタイを少し弛める。これでようやく、仕事から解放された気分になる。
「栞菜は、昼はどうしてたんだ?」
「え? 特になにも。ずっとここにいたけど」
「ご飯食べたり?」
「か、勝手に冷蔵庫なんか開けられないよっ!」
「風呂入ったり?」
「勝手にお風呂なんか入れられないよっ!」
「テレビ見たり?」
「勝手にテレビなんかつけられないよっ!」
「適当にくつろいでいいっていっただろ?」
「…だって、適当って何すればいいかわからないんだもん」
「じゃあ、何してたんだ?」
「何も…? あ、でもお手洗いを2回使っちゃった! ごめんなさい!」
「いや、トイレくらい何回使ってくれてもいいけど。…え、まさか、ずっとぼーっとしてただけ…?」
…まさかのまさか。マジかー…という何ともいえない感情はすぐに、気遣い屋で遠慮の塊のような栞菜だったらある得るという発想に上書きされる。結局、俺の配慮が足りていなかったのだ。
「ごめん、もうちょっと丁寧に説明しておけばよかったな」
「ううん、私こそ。こういうの初めてで、どうしたらいいかわからなかったから…」
「はは、それは俺も同じだ。そういうところも、ちゃんと決めておかないとな。でも、基本的には何してくれても構わないから」
「じゃあじゃあじゃあ…お風呂、入れてもいい?」
「ああ、先に入ってくれていいよ」
「そうじゃなくて…奏汰。汗かいてるでしょ?」
「え、俺のため?」
「うん…」
うわ…めちゃくちゃ嬉しい。今まで全く女っ気がなかった俺が、こんな幸せを享受してしまっていいんだろうか。幸せの致死量に達して、昇天してしまいそうだ。
「でも、栞菜はいいのか? 栞菜だって、今日は移動で汗かいてるだろ?」
「かいてるけど…――はっ…!?」
栞菜が、何かに気づいたように目を見開く。そして半開きになった口を、わなわなと震わせた。
「まままままままま、まさか、まさか、まさか! 私と一緒にお風呂に入ろうとしてるっ…!?」
「いや、違う! いやでも違わない! よく考えたらその勘違いはすばらしく妙案だ!」
「一緒にお風呂! たぎる! すっごくたぎる!」
「それじゃあ、入る?」
「やっぱりやめておく」
「ええー…」
急に梯子を外された。さっきまであんなにたぎってたのに。
「…いきなり一緒は恥ずかしすぎて耐えられそうにないし…少しずつ、ね? それに私、今、替えの下着持ってなくて…」
「そうだな、少しずつ慣れていこう。…って、今なんと?」
「替えの下着持ってない?」
「なんで。ジャージは持ってきてるのに」
「私もさっき気づいたのっ! 急いで荷造りしたから、全部宅配の段ボールの中に詰めちゃって!」
「1枚も?」
「…1枚も。あ、でも、しばらく同じ下着でも」
「いや、ダメだろ!」
「たぶん平気! 締め切りが重なって死にそうになってたときは、ノーお風呂、セーム下着だったこともあるし!」
「自信満々だな!? ってかセーム下着ってなんだよ!? はじめて聞いた!」
大事な彼女が、同棲初日から下着すらないなんて。彼氏として、そんな目に遭わせるわけにはいかない。
「買いに行こう! 今から!」
「…え、こんな時間に開いてるの?」
「開いてる。というかこんな時間に閉まる店、東京だとなかなかない」
「東京ってすごい…」
何年、東京で生活してたんだ、と心の中でツッコんだ。漫画漬けの生活で、関東の地理にすら疎かったのだから、察するに余りある。
「あ、あああっ…! これ、これってもしかして、初めての同棲カップルデート…!」
栞菜が、歓喜に満ちた大声をあげて、嬉しそうに俺を見てくる。
「まあ、そうなるかな」
「やっぱり! 奏汰に、俺の前以外では地味な下着をつけてろ! っていわれたり、更衣室に入ってきて下着の試着を手伝われたりしちゃうんだ~!」
「え…いや、それはどうだろう…?」
「たぎる! たぎるたぎるたぎる! すっごくたぎる! これが同棲! ああ…! まさにネタの宝庫~~!」
「それは…うん、素直によかったかな」
漫画家としての意欲に満ちてくれている。編集者にとって、これ以上嬉しいことはない。なにより、この表情は俺がずっと見続けて、焦がれていたものだ。それが今、すぐ手の届く場所にある。
「栞菜、また俺と一緒にがんばろうな」
「うん♪」
自然と出た言葉に、迷いなく答えてくれる。それはきっと、これからも俺の傍にある。そう思える確信めいた何かがあった。
だから、俺も精一杯がんばろう。また失わないように。二度と手放さないように。いつまでも、この笑顔を見守り続けるために。

  • 2020年07月03日(金)17時50分
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